本田昌毅 最短9分パニック障害克服プログラム

パニック障害克服プログラムの作者本田昌毅先生について

パニック障害克服プログラムを監修された本田昌毅(ほんだまさき)先生とはどのような方なのでしょうか?
 
 本田先生といえば現役時代の朝青龍の主治医をしておられたこともあって世間に広く有名になりましたので、ご存じの方も多いと思います。

 

私も以前テレビで何度か見たことがあったので存じておりました。

 

 

 テレビや雑誌など様々なメディアに登場され、タレントのような活動もしておられたようですが本業は勿論お医者さんです。(笑)

 

 

 本田昌毅先生の専門は精神科医・美容外科医・産業医ですが、本田六本木メンタルクリニック院長及び東京、名古屋、神戸、沖縄、京都など全国に9個所ある本田ヒルズクリニックの総院長を務めていらっしゃいます。

 

 

 

本田先生のプロフィール

 

 

 1970年5月30日年生まれ

 

精神科医、産業医、美容外科医
厚生労働省指定 精神保健指定医(第13598号) 日本医師会認定 産業医(第0400916号)

 

 

 1997年東京昭和大学医学部 卒業
 1997年から19991年まで東北大学医学部付属病院に勤務
 1999年から2001年まで「神奈川美容外科」クリニック 勤務
 2001年から山形県の尾花沢病院で精神科医長として勤務。

 

 その後山の手成形外科東京ノーストクリニックで院長に就任。

 

 2005年5月に精神科本田六本木メンタルクリニック、本田ヒルズクリニックを開院されました。

 

 

本田先生が医師を目指したきっかけは幼少期まで遡ります。

 

 本田先生の母親はもともと病弱だったため、医者に度々通っているのに小さい頃からつきそってイたこともあり医者さんという職業に尊敬と憧れを抱いたそうです。

 

 しかし、その時はまだ幼いこともあり、将来何になるかなどということは具体的に決めていなかったようです。

 

 そんな本田先生がお医者さんになろうと決めたきっかけは高校生の時だそうです。

 

 ある朝起きると関節が曲がらなくなり、そのうち起き上がれなくなってしまうという原因不明の病に冒されてしまったのです。

 

 当時高校生一年生の本田先生は4ヶ月の入院を余儀なくされ、その後回復はしたものの3ヶ月のリハビリ生活が待っていたのでした。

 

 そのため学業は皆より大幅に遅れてしまい元々成績優秀だった本田先生でしたがさすがに落ちこぼれてしまったそうです。

 

 しかし、入院中に話したお医者さんの言葉に励まされ自らも頑張って医者を目指そうと決心したということです。
 
 その後は御存知の通り見事医学部に合格され、卒業後精神科医としたの輝かしいキャリアが始まったのでした。

 

 

 きっとこのように青春時代に遭遇した苦難とそれを克服した経験が、患者さんに心から寄り添う気持ちを持つ事が出来る精神科医としての本田先生のキャリアを形成していったのでしょう。

 

 

 そんな本田先生の精神科医の集大成として、高い完成度を誇ろ本田昌毅パニック障害克服プログラムが作られたのですね。

 

 

 

 

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